人にはそれぞれに捨てられない大切な物があります。代々、家に受け継がれている物や特別な思い入れのある物、また何となく長い間、愛用している物まで。そこで、今号では「わたしの年代物」と題し、5人の人たちに家や仕事場に残る時代を超えた『年代物』を紹介してもらい、それぞれにその物に対する思いを語ってもらいました。

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「先代の道具を披露し、後世に継承したい」と人形師の清村さん

「♪行こうよ、行こうよ好洋へ」。ラジオからの懐かしい歌声に記憶のある人も多いことでしょう。明治40年創業の「人形の好洋」(元八事)。同店3代目主人の清村好英さんは「手作りの道具は、もう作る人がいないので、ここぞという時に登場します」と言い、先代から受け継いだ、はさみ、のみ、きり、彫刻刀、筆などの数々を大切に扱っています。

その先代らが握った手指の形にそぐい、美しく黒光りするそれら道具類の握り部分。「手作りのきりは、絶対にすべらない」と言います。

「人形は、祖父母や親からの温かい愛の贈りもの。その気持ちに感謝し大事にする心を育む情操教育も担っています」と熱く語る清村さん。

同店は、木彫りから塗り、髪付け、小物すべてにいたるまで、昔ながらの技で制作。清村さんは「日本の心、文化を伝えるといlつこだわりや誇りを持ち、本当に良い人形をこれからも作っていきたい。そのためにも、先祖の道具を後世に継承していきます」と人形師らしく凜(りん)とした表情で語っていました。

「人間の作った物は、ほとんど修復できる」と同店では、修理も行っています。

問い合わせは、TEL(831)3914 同店へ。

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−つの文化として次世代に伝えていきたい」とみね子さん(左)と一明さん(中)と桂子さん

この地方に伝わる桃の節句のお菓子「おこしもの」。熱湯でこねた米粉を鯛(たい)や扇などの木型に入れ、起こして作ることからその名がつけられたたといわれています。「おこしもん」「おしもち」などともいわれています。

井口の浅井みね子さん(85)の家には、みね子さんの実家(一本松)で使われていた古い木型が今も残っています。中には型の裏に、みね子さんの父、鉄吉さんの「鉄」の字が焼印された型も。

「実家では、その昔、精力的に『おこしもん』を作っていたよ。型も人にあげちゃったりしたから、だいぶ、なくなっちゃったけどね」とみね子さん。数年前まで更生保護女性会の1人として地域に貢献し、植田南小学校や学区の子ども会の子どもたちに「おこしもん」の作り方を教えに行ったこともあります。「それはそれは、皆、喜んでくれてね」とほほ笑みます。

その昔は、米粉も石うすで引いたり、食紅での着色も、生地に混ぜるのではなく、筆で描いていたとか。

長男の一明さん、桂子さん夫妻は「うちには、もちつきの石うすやきねも残っていますが、この『おこしもん』のように、ひとつの文化として次世代に伝えていかなきゃいけないね」と話していました。

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5つ玉そろばんと五銭札と壱円札を手にする那須さん

「いつのころのものか、わからいないけどね」と、土原の那須武子さん(80)が見せてくれた年代物は5つ玉そろばん。もともとは武子さんの実家(岐阜県美濃市)のもので、木粋が黒くなり、角に丸みが出てきている状態から相当、使いこなした様子がうかがえます。

代々、商売の傍ら農業も精力的に行ってきた武子さんの実家。そろばんの裏には肥料屋さんのロゴがくっきりと刻字されています。

実家のある立花という地は、長良川に面した町で、5年前に他界した夫の二一(にいち)さんが、定年後から20年間ほど、武子さんの父、英二郎さんと一緒にあゆのおとり売りをしていたそうです。武子さんは「その時にこのそろばんが大活躍していたようです。私は電卓の方が便利だから今は使っていないけど、先祖から受け継いだ、大切な父の形見となりました」と感慨深げ。ほかにも大切に保管してあった五銭札と壱円札を見せてくれました。

アナログの物は壊れることなく、この先も、武子さんの孫の代まで受け継がれていくのでしょう。

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