“食いだす”という言葉が平針にはあります。これは食べるものも食べずにお金を貯める事を意味するのですが、どんどん食べまくったとしても、どうも平針人の食生活は質素であるように思われます。

もっとも、日本はつい最近になってから飽食大国になったのであって、この間までは国中貧しかったのだから、村民性をグルメ度やエンゲル係数で語るにはちょっと難しい部分があります。

しかしながら只今現在、お国も豊かになり、また各々の収入も多くなったのに、当地ではいまだに一汁一菜に毛が生えた食卓のご家庭も多く目にしますので、そういう家は

「あしこはまんだに食いだしとらっせる」
といわれてしまいます。

でも、ちょっと遠出してすくってきたモロコの煮つけや、郊外で摘んできた山蕗の煮物の食卓は何ともヘルシーで美味しそうで、これこそ究極のグルメ、私には羨ましくてなりません。「食いだす」は、きっと良いことなのです。よーし私も今日から食いだして、貯まったお金で娘の嫁入り道具、パーッとそろえようっと。

ところで、質素ではあるかも知れませんが平針婦人の料理の腕はたいしたものです。この腕前は慶事・仏事と人寄せの機会が多くあるので、母から娘、姑から嫁への伝承を受け継ぎつつ、鍛えられたからなのでしょうが、仕事ぶりの鮮やかさは、やはりその男性的な性格に負うところが多いと思います。誰もカップ一杯だの小サジ少々などと言いません。大鍋相手にお醤油びんを片手持ちしてチャッチャッーと作ってしまうのです。彼女達が作るごんぼ(ごぼう)入りのたまり飯(五目ご飯)は絶品。あと、おつけ(味噌汁)とつけもんがありゃあ、何ンにもいれせんがねエなのであります。

大胆ながらも小まめが平針婦人のお勝手仕事。お味噌も仕込めば、梅もぎょうじゃも自分で漬けます。「ぎょうじゃ」って何だか分かりますか? 「らっきょう」のことです。本当はアララギ、つまりノビルのことで、昔、深山を歩く行者がよく食べたからそう言うのですが、何でそんな言葉が残っていて日常に使われているのか、まことにもって不思議なことです。

ということで、晩食(ばんげ)はかしわのひきずり(すきやき)でもしよまいか。

 

 

 


「まァ、じっきにおしょろいさんが帰ってござるで、せーわしいぎゃあ」
8月も10日を過ぎる頃、各本家のおばさん達が口々に言い合う。お盆を迎えるのだ。平針の大半の家が曹洞宗なので、お盆はクリスマスとお正月を足した程の大イベントとなる。

「おしょろいさん」とは精霊(しょうりょう)の平針ことばである。お盆にはこのおしょろいさんと共に一族郎党が本家へ帰ってくるのだ。本家(ほんや)のねェーさまとしては、ここ一番と張り切って家を整え、ごっつォーの用意をせねばならない。

8月13日の朝、はかど(墓)を清め、正午の時報と共にお迎え火を焚く。イチジクの葉の上に箸木を積んで点火。その煙を目印にご先祖様が帰ってくると言う。玄関には足洗の水を用意し、目には見えぬ先祖に語りかける。仏壇の平台に据えたお位牌を団扇であおぎ、

「よう帰ってちょうでゃあた。3日間、なーんもできーせんけど、ゆっくりしてってちょうでゃあよ」
と、しみじみ挨拶をする。挨拶をするのだが、その時カーンと戦いのゴングは鳴らされたのであった。

仏壇へのお供えはほぼ2〜3時間おき。おとい上げ(死後50年)した精霊にはもう良いとは言うものの、亡くなった人を憶えてる人がいる間は、やっぱりきちんとお出ししたいのが人情であるから、5〜10人分のお膳を位牌の前に並べることになる。

お膳の上には酢の物、煮物、和え物のお精進メニュー。この献立を眺めると、盛夏に衰えた胃腸の保護が目的であったと察せられ、先人の暮らしの知恵に感心したりするのだが、そんなことは本当はどうでも良いのだ。極端に言えば何でも出しときゃ良いんです。目に見えぬ人達は物を言わぬから。問題は生きた人間達。

「まァ姉さまァ、やっとかめだったなァ。まめなだったきゃあ」
と一通りの挨拶を済ませれば昔ばなし。

「まァ死なしたおばあさんが生きとらしたら、泣かっせるにこんなもん。なーんにもまわしなんかしたれせんがね。わしがとはよォ、人寄せのええ家だったでねェ。それ言うのもおばあさんが精出やあてごっつおう(ご馳走)こさえて振るまっとったからだでねェ。なーにィこんなもん、腹ふくれーへんがね」
となっちゃったんだ、昔は。

「兄さも兄さだわ。嫁ごによう言えへんもん。見てみやあ、だまぐつ(無口)やっとらっせるに」
のような会話をお勝手で立ち働きながら、じっとじっと耐えて聞いていたのです。昔の嫁は。

ところがどうでゃあ。時は移ろい、今となってはお盆もすっかり様変わり。若嫁はお盆になると息子も孫も引き連れて、実家に帰っちゃう。今やおばあさんとなった本家の嫁ごは、やはり姑となった元小姑ばあさんとしみじみ語り合うのです。

「変わったなァ。ほんでもまァ、嫁ごにぶっついていかんに(小言を言ってはいけませんよ)。ざゃあしょ(実家)に戻ってまわしたらあかんで。わしらァ年寄りだけでもよォ、こうやって先祖守っていこみやあか。あれらもよォ、年くったら分かるに、えか」
と慰めあっているのです。

あーお盆。合掌。