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「名古屋へ行こみゃあか」
「うん、ええよォ」
で、確かめ合った2人の愛は、いよいよ結実の時を迎えるわけです。
「お宅のお嬢さんを僕に下さい」
と、この時ばかりは標準語でかしこまって申し込みに行っても、
「たわけッ。猫の子や犬の子をやるんじゃにゃあぞ。ちゃんと仲人(ちゅうにん)たててこんか」
と叱られるのがオチ。
一番良いのは、息子の恋を察した親が、それとなく相手方にきりだしてくれることなのです。『それとなく』のチャンスはいくらでもあり、平針の中でなら、いずれにしても親戚か町内会。お念仏の寄り合いや法事の集まりがしょっちゅうあるわけです。
「あんたんとこの上の子、もらえるとエエわなァー、簡単で」
「ほうだなァ、世話がのうて」
で一件落着。『簡単』と『世話がのうて』ではあるけれど、その言葉を発するに至るまでには、これまた永年にわたるしっかりとした身分があったわけです。
さあ、話が纏った。それ以降は結納、荷入、結婚式と、皆様ご存知名古屋名物のキンキラ行事がずっーと続くわけですが、平針はすごいぞォ。テレビで山田昌と植木等がすったもんだと、具体的な金額もあげて騒いでいたがそれ以上。そんなもんじゃありません。
「まァよォ、娘がおるとドロボー家で飼っとるみたいだがね。嫁入でうんとこしょォ持たせたったのに、アカ(赤ちゃん)が出来たら帯祝いだろう、飛び出したら(生まれたら)また配って、アカが帰る時にはベビーダンスからすべり台までつけたってよォ。ほんで初節句だろう。粗末なもん贈ってみゃあ、笑われんならんに。孫が学校にあがったら机とランドセル。ま、こんなもんは知れとるでいいけどよォ」
平針のお母さんは、「まァえりゃあでかんわ、どえりゃあでかんわ」を繰り返しながらも、ちっともいかんことないお顔で嬉しそうに語るのである。
どのくらいどえりゃあかは「町からござった嫁さん」である淳子には見当もつかず、和市も「言わぬが花」と黙して語りません。
しかしある日のこと、私は娘を嫁にだしたばかりのおばさんが近所のおばさんと会話している場所に居合わせたのです。
「まァ良かったなァ。エエとこに片づけやあて」
「ありがと。ほんでもようけかかったぜェ」
私の耳はダンボになりました。
「タンスの中に○○○円放り込んだったぎゃあ」
これは持たせた着物の購入費用のことを言っているのです。
(むむ・・・家が建つではないか)。
『どえりゃあ』を知るのはやめましょうね。
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