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平針には昔、娘遊びという風習がありました。若い衆が誘い合って、若い娘さんのいる家に遊びに行くというものです。
「今晩は。(娘)遊びに来ました。宜しくお願いします」
と、見知らぬ家へ突然おじゃましても、風習ですから大概の家が上げてくれたのです。
しかし、上流の家や固い家では断られる事もあるので、先輩からの「可愛い子ちゃん情報」と、近辺の「あきにゃあや(商売や)」への事前調査は欠かせませんでした。というのもこの娘遊び、同じ村の中ではあまり行われなくて、ちょっと外(2里4方)へ遠征することが多かったのです。
「権兵衛さあとこにエエ娘がいるげななァ」
「あかすか。あしこは遊ばしてくれへんて」
という具合にディスカッションが行われていたようです。
あかすか―。おわかりですか? 良いわけがないじゃないかとでも言うか、つまり「あかん」の感嘆語です。
似たような言葉に「あらすか」があります。
「叔母さんの家は古いから、お納戸に昔の食器とかずいぶんお持ちでしょ」
と尋ねれば、
「そんなもん、あらすか」
とのお答え。北米大陸のアラスカに置いてあると言う意味ではもちろんありません。
「そうは桑名の焼きハマグリ」系のダジャレかと思ったのですが、「あるわけがない」の意味なのでした。
「○○すか」は他にもやるわけないじゃないかの意味で「やらすか」、同意語で「せすか」。まるで暗号ですね。
「やらない」ということの表現だけとっても、やーへん・せーせん・やーしんと様々。その上、「し」と「せ」の使い方も平針ではゴチャゴチャなので、し・し・する・する・すれ・せよ等の文法は全く使いものになりません。
ご近所にお使いに行った時のことでした。そこのお嬢ちゃんが赤いヒモをお母さんに見せながら
「しんでもいい?」
と聞くので驚いていると、
「うん、しんでもいいよ」
とお母さんが、いとも簡単に許すので、
「死んではいけません」
と思わず大声で口をはさみ、大笑いされたことがありました。
お嬢ちゃんは、ハチマキを「しなくてもいいか」と聞きにきたのでした。
「せんでもいい?」なら私にもわかったのですが・・・。
ちょっと脇道にそれてしまいました。
で、娘遊びの続きですが、何人かで連れ立って訪問すると、親は
「おーい、若い衆がござったぞォ」
と娘に声をかけ、彼らを座敷に通し、お茶、菓子などの接待をしてくれました。
鳴海絞りの内職で手を動かしながら、娘さんは若者と楽しい語らいのひとときを持ったのです。親へのゴマすりと『エエかっこ』のために若い衆は、農作業の手伝いもしました。夜更けに「おじゃましました」と失礼すれば、「また来てくれるかあ?」とやさしいお言葉。
結局、出会いのきっかけを親は与えたかったのでしょうね。
「で、何をおしゃべりしたの?」
と聞くと、
「ほりゃあ、天気や農作業のことだわ」
『娘遊び』は言わば一対複数の『ねるとん』。10代や20代前半の男女が
「今年はええ天気ばっかしだで米がようなりやがるわなァ」
やら、
「あかすか。草もたーんとはえるでおおじょうこいたぎゃあ」
とかの会話で盛り上がったかなァ。ま、なかなかに渋いものはありますが・・・。
『娘遊び』と聞いて、もっと色っぽい事を考えていた人、残念でした。しかしこの渋いねるとんも、当時としては大いなる娯楽。
わくわくしながら、出会いときっかけをもとめていたのでありました。
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