「ねえ様、この家のこと宜しくやってってちょうでゃあ遊ばせ」
3人のおばあさんから丁重に頭を下げられた私は、戸惑いながら

「ハイ、私こそ宜しくお願いいたします」
と答えたのでした。新妻淳子、22歳の春でした。

親戚のおばあちゃん達のおっしゃる意味は解かるのだが、何で私がおばあちゃん達のお姉さんなのだ?

解からぬままに幾日か経って、ご近所のおじさんやおばさんも私のことを「姉(ねえ)さん」とか「姉様」とか呼んでいるのに気がついた。始めのうちは、私が若いからだと思っていたのです。ほら、若いウエイトレスさんなど「お姉さん」て呼ばれているじゃないですか。

ところが、おばあさん同士も互いに「ねえ様」と呼び合っているではないか。どうやら全国版で言う「奥さん」が姉さんらしいのです。つまりマダムかな。

では、実のお姉さんのことは何て言うかと言うと、これが「あんね」。そうとは知らぬ私は、
「今日、アンネが来るでちーとご馳走作らんならん」
と言う近所のおばさんの言葉を聞き、平針あたりでは毎月生理がくるたびにご馳走を作ってお祝いをするのかと思ってびっくりしたのでした。

※少し昔、生理日のことを「アンネの日」とか言っていたのです。スミマセン。

余談ですが、九州からこちらへ嫁いできた友達は、夕方姑さんから

「○○子さん、そろそろ夕飯のまわしをしよまいか」
と言われ、名古屋ではご飯を作るとき、エプロンではなくて「まわし」をしめてお勝手に立つのかと思ってびっくりしたと言います。姑さんの言う「まわし」とはもちろん、「準備」の意味です。

ということで人称のことですが、奥さんが「ねえ様」ならばご主人は「にいさ」。こちらは実の兄もひっくるめて男の人は全部「兄様」とか「兄さ」と呼ばれている。

姉様、つまり奥さんを三人称で呼ぶときは「嫁ご」。

「あしこの嫁ごは、よう働かっせる」
のように使います。

「ご」は「御」ですから敬語ですね。

嫁ごは家に属しますから妻と言う意味は含まれず、「奥さん」を表現する時は「おっかあ」になってしまうのです。じゃあ、産みの親はというと「おっかさん」とか「おふくろ」になります。ややこやしいですね。人称編はまだまだ続きます。

 

 

 

 


徳川家康がここ平針村に伝馬役を命じたのが慶長17年(1622)。当時の全戸数はわずかに16戸。以来370年余り、初めの16戸は平針がどえりゃあエエとこだったとみえ、他所への流出もなく子々孫々繁栄を重ねた。その結果、村瀬、須賀、小島等の同姓がいっぱいになってしまいました。

従って、「村瀬さん」と呼ばれても、どの村瀬さんかわからず、自然に名を呼び合うようになったのです。和市は「かあちゃ」であり、淳子の舅は「正重(しょうじゅう)さ」おじいさんの門太郎は「門ざさ」と言う具合です。○○さんとか××ちゃんの「ん」がつかないのが特長で「ん」を付けて呼ぶとしたら、ちょっと距離のある間柄か、気どりのおすましの時のように思われます。

ま、名前で呼び合うのも和気あいあいとして良いのですが、そうもそうも名前の種類があるものじゃなし、わが新聞店の古い顧客名簿を見ても、ネーミングになかなかの苦労のあとが偲ばれる名が多いのです。それでもどうしても同じ名前がついてしまうので、人々は同名の人をいろんな工夫で呼び分けたのであります。

「はっつあ」が3人寄れば・・・

「いわきはっつあ」(亜炭をとりあつかっていた)

「すかはっつあ」(須賀さんちの)

「とこはっつあ」(床屋の)

という具合です。また「たきさぎんさ」のようにシブイ呼び方もあって、これはたきさんの(息子であるところの)ぎんさんなのであります。さながらサミーデイビスジュニアと言ったところでしょうか。

と、ここまでは良いのですが、「げいこいわさ」「うたかぎさ」「ごまこうさ」となると、ちょっと頭をひねってしまいます。

「げいこいわさ」は踊りがうまい上に歩き方も何やらシナシナしていたおじさん。「うたかぎさ」は、今や無形文化財となった平針木遣り音頭の名人であったおじいさん。「ごまこうさ」はポンポンとしょっちゅう怒ること、まるで炒りゴマの如くだったおじいさんの名前なのです。これじゃあ「アダ名」ですよね。

その他、ノッポのサリーやチビのジュリーみたいな呼び方もあって、50年前に私、淳子がおりましたら、きっと「クロ淳さ」なんて呼ばれていたのかもしれません(キズついたよ、きっと)。もうひとつ「ちんじゅう淳さ」もあったかもしれません。わかりますか?「ちんじゅう」とは天然パーマ、ちじれっ毛のことなのです(まさか珍獣が語源ではあるまいが・・・)。

以上、他称はバラエティーに富んでいますが、自称は全国区とほぼ同じ。

しかし女の人もみんな「オレ」と称するのですよ。自分のことを。上品で奥ゆかしいおばあちゃまが「オレ」と言うのを耳にするとき、平針女の何ともいえぬ『カッコ良さ』にシビれてしまうんですよ。私は。